この記事の概要
永遠の0真珠湾(4)では、帰還ができないと分かった機は笑顔で敬礼して自爆した。真珠湾攻撃は大使館の不手際により宣戦布告が遅れ騙し討ちに思われてしまった。奇襲作戦が成功に見えたが、アメリカの常套手段にうまくはめられた。
1. 未帰還機の多くは自爆した
真珠湾の4回目、真珠湾攻撃で帰らぬ人となった日本軍機の軍人を思って宮部が静かに語る下記の場面が印象的だった。
真珠湾攻撃から戻り、伊藤と宮部の会話が始まる。周りでは攻撃の成功で賑やかだった。それでも、味方の軍は、「未帰還機が29機でたらしい」と宮部は静かに語った。
宮部:「今日、目の前で艦攻が自爆するのを見ました。雷撃してから敵戦艦の上空を通過するときに対空砲火で被弾した様です。艦攻は一旦上空に上がりました。
私はその機に近寄りました。翼から燃料が流れて白い筋を出しているのを見ましたが、幸いにして火はついていませんでした。艦攻は帰還する方向に機首を向けましたが、急に大きく旋回すると再び真珠湾の方へ引き返しました。
私も旋回して横に並びました。すると操縦員が私に向かって眼下を指さしました。それから急降下して、敵の戦艦に体当たりしたのです。」
現在の伊藤:「未帰還機の多くが自爆したと聞いていました。
我々は攻撃中に被弾して帰還が困難と思われた時には、自爆せよと命じられていました。生きて虜囚の辱めを受けず、と教えられていましたから、そうするのが当然と思っていました」
宮部:「急降下の直前、3人の搭乗員は、私に向かって、笑顔で敬礼しました」
伊藤「真の軍人だな、宮部も頷きました」
宮部:「一旦上空に逃れて、再び真珠湾に機首を戻すまで、数分もなかったと思います。その間に、彼らは飛行機の被害状況を見て、帰還を諦めたのでしょう。燃料が持たないと見たか、あるいは発動機がやられていたのかもしれません。いずれにしてもそのわずかの時間に、3人は自爆を決意したのです」
(オーディオブック永遠の0から引用)

(ウィキペディアから引用)
2. 艦上攻撃機
艦上攻撃機は、操縦員、偵察員、通信員の3人が乗っている。同じ機に乗る搭乗員をペアと呼んでいた。ペアは一心同体でなければならない。ペアの結びつきは、なまじの友情よりも強い結びつきがあった。
3. 死にたくありません
宮部は黙っていてぽつりと呟いた。
「わたしは死にたくありません」
帝国海軍の軍人から出る言葉とは思えなかった。軍人は生きたいという欲望をいかに消し去るかが大切だと思っている。
命が助かることを第一に考えていたら、戦闘は成り立たなくなる。
真珠湾攻撃では、29機の未帰還機と55人の犠牲が出た。
現在の伊藤はつぶやいた。今ならわかることがある。戦果の大成功よりも、遺族にとっては、戦争で亡くなった身内の方が辛い思いをしなければならないことを。
妻のために死にたくない。命は何よりも大事。誰だって命は大事だ。
「わたしは帝国海軍の恥さらしですね」と宮部は呟いた。
搭乗員は非日常の世界を生きていた。死と隣り合わせの世界。宮部は死を恐れていた。戦争の中にあって日常の世界を生きていた。
伊藤は、家族を持って初めて宮部が死にたくないという気持ちが分かったが、軍人が「死にたくない」という気持ちは今でもわからない。戦争は一人で戦うものではない。自分を犠牲にして戦うものがある。
宮部は凄腕のパイロットであることが明らかになったが、まだ臆病者というレッテルが張られたままだ。
4. ポートダーウィン空襲の時
日本のオーストラリア空襲は、太平洋戦争(大東亜戦争)中の1942年2月から翌1943年11月までの期間にわたり、連合国の一国であるオーストラリア本土、地域の主要空域、周辺諸島、沿岸輸送ラインの船舶が、大日本帝国海軍および大日本帝国陸軍の航空機によって少なくとも97回の攻撃をうけたことをいう。
最初でかつ最も大規模だったのは1942年2月19日朝の空襲で、ダーウィンは242機の艦載機に攻撃され、少なくとも243人が死亡し、甚大な被害が生じ、数百人の人々が住宅を失った。ポート・ダーウィンはこのために海軍の主要基地としての機能を完全に喪失した。
これらの攻撃に対し、王立オーストラリア空軍(RAAF)、オーストラリア陸軍、王立オーストラリア海軍、アメリカ陸軍航空軍、US海軍、英国王立空軍(RAF)、オーストラリアに逃亡したオランダ王立東インド空軍、それぞれに所属の各隊および各個人が反撃し — これらの各隊が攻撃目標にされた。日本軍は完全軍事施設・軍用兵器類だけではなく、港湾、民間管理の飛行場、鉄道、燃料タンクといった戦時の補給線であるインフラストラクチャーも攻撃目標とした。このため多くの非軍属の労働者らも被害に遭った。(ウィキペデアから引用)
この頃から、戦争の犠牲者が軍事施設から民間施設へ及ぶようになったらしい。
4. 真珠湾攻撃は宣戦布告なしのだまし討ち
宣戦布告と同時に真珠湾を攻撃すると聞いていた。
ワシントン大使館の職員が宣戦布告のタイプに手間取りそれをアメリカ国務長官に施行するのが遅れた。原因は前日に大使館職員がパーティーか何かで夜遅くまで飲んで当日の出勤に送れたからだと言われている。
他の証言では、アメリカの職員を全員帰らせていたため、タイプライターに慣れていない職員が打っていたため非常に遅れたという説もある。
一部の職員のために日本人全員がだまし討ちの汚名を着せられた。日本民族が秘境極まりないというレッテルを張られた。
当時アメリカは戦争には反対だった。
帝国海軍の騙し討ちにより、アメリカ国民が戦争を肯定する者に変わっていった。一夜にして日本打つべしと変わってしまった。陸海軍にも志願者が殺到したというのだ。
永遠の0では説明されていなかったが、実は、この騙し討ちをさせるのはアメリカの常套手段だった。
相手を追いつめて、先に手を出させる。アメリカは被害者になりすまし国民に戦争を支持させていく。「忘れるな」というスローガンを作る。
①メキシコ戦争では「アラモ砦を忘れるな」
②日本との戦争では「真珠湾を忘れるな」
③イラク戦争では「911を忘れるな」
石油を止められた日本は追い詰められていく。
山本五十六がフリーメイソンで売国奴だったかどうかはネットに飛び交っている。実は生きていたという証言さえあるくらいだ。
5. 戦術的に大成功ではなかった
第三次攻撃隊を送らなかったことが挙げられる。ドックや石油備蓄施設そのほかの重要な陸上施設を丸々無傷で残してしまった。これらを完全に破壊していればハワイは基地としての機能を完全に失っていたはずだ。
太平洋の覇権は完全に日本のものとなっていた。
司令長官南雲忠一中将は、対極を選んだ。「南雲中将は、司令長官としての器ではなかった」と痛烈に批判されている。
yahooに載っているベストアンサーでは、「山本五十六GF長官は、瀬戸内海の戦艦長門の艦上で『南雲は第三次攻撃はやらないだろう』と言ったと伝えられますが、まともな思考を出来る指揮官であれば、史実どおりの艦隊編成ならば、第三次攻撃など出来る訳がありません。これが結論となります。」
燃料備蓄タンクや船渠(せんきょ、ドックのこと)などは完全に破壊されないことを知っていたようだ。事実、B29が本土を空襲したときでさえ、船渠などは完全に破壊できなかった。
アメリカ機動部隊の空母の位置も掴めていない状況と、真珠湾の第二次攻撃で迎撃態勢が整ってしまった。天候の乱れで日本軍の発着艦が難しい。完全アウェイーで離れた場所にあるため燃料が無くなる恐れもあった。
これらのことを考慮すると第三次攻撃は通常できないようだ。だとすると、山本五十六長官が語った「半年間なら暴れて見せる」は本当だったが、その後は絶対反撃にあうということだ。
初めから負けると分かっていて、先に手を出したということは、売国奴だったことになる。そうでないとしたら、全力でハワイを占領しなければならなかったはずだ。
アメリカの常套手段である「先に手を出させる」にはめられたのか、国を売り渡したのか。
真珠湾攻撃が日本の成功に見えたが、後のミッドウェイー、ガタルカナル、サイパン、レイテ沖、硫黄島、沖縄戦、東京大空襲、広島長崎原爆投下、敗戦の幕開けだったのだ。
まとめ
真珠湾攻撃は宣戦布告なしの騙し討ちではなく、アメリカにはめられた
後世の人々が戦いを振り返ったとき、戦略が疑問に思われる
どんなことがあってもアメリカとは戦争すべきではなかった
紹介


作品紹介
546万部突破の歴史的ベストセラー作品、百田尚樹著『永遠の0(ゼロ)』がオーディオブックで登場!
司法浪人生である佐伯健太郎が、フリーライターである姉・佐伯慶子と共に
太平洋戦争の際に特攻で戦死した祖父・宮部久蔵の人生を解き明かしていく、壮大な愛の物語。
オーディオブックでは、人気声優の江口拓也、櫻井孝宏、豊口めぐみ、そして女優の小芝風花ら豪華出演者により
ストーリーを忠実に表現し、音のみの世界によって想像力をより掻き立てます。
映画、テレビドラマ、漫画でも親しまれる人気作を、より原作に忠実に制作したオーディオブックでじっくりとお楽しみください。
【あらすじ】
物語の主人公・佐伯健太郎は、祖母の葬儀の日に実の祖父・宮部久蔵の存在を知らされる。
零戦パイロットとして天才的な操縦技術を持ちながら、生きることに執着し、
仲間から「臆病者」と蔑まれた宮部の実像を調べようと、健太郎は彼を知る人たちを訪ね歩く。
「家族の元に帰る」ことを妻・松乃と娘に誓った宮部がなぜ特攻を志願したのか、
その謎が健太郎の手により解き明かされていく。