この記事の概要
永遠の0ラバウル(6)では、ラバウルの猛者たちがガタルカナルへ向かった。宮部が予言していたように大変な戦いになった。坂井三郎一飛曹が撃たれ、血だらけになって帰還したほどの修羅場になった。

1. ガダルカナルへの攻撃
井崎は、宮部の言葉を聞いて、元母艦搭乗員らしいと思った。目印も何もない広い海の上を敵の艦艇を目指して何百カイリも飛び、攻撃後は、母艦に戻るということを繰り返してきた男の言葉だと思った。
基地全体に重苦しい空気が漂っていた。ガダルカナル守備隊の弔い合戦と意気が上がっていたが、冷静に考えてみると、560カイリ離れた島への攻撃がどういうものか分かって来たのだ。
午後三時、ガダルカナルからの攻撃隊が戻って来た。出撃してから7時間が過ぎていた。飛行機は編隊も組まずにバラバラで着陸してきた。中攻のほとんどに弾痕があった。いかに激闘であったが分かった。
帰還した零戦は10機だった。零戦が7機もやられた。降り立った搭乗員たちは疲労困憊だった。西澤一飛曹は6機のグラマンを撃墜した。
2. 坂井三郎一飛曹
坂井一飛曹が7機の未帰還の中にいた。坂井一飛曹は、小隊長だった。これまで列機を一度も失ったことがなかった。撃墜のことばかりが話題になるが、ただの一度も列機を失ったことがなかったことのほうがずっと素晴らしいことだった。
西澤一飛曹も一度も列機を失ったことがなかった。彼が列機を失ったのは最後の空戦だった。
坂井一飛曹が列機を置いて編隊を離れてしまうのは、異常事態だった。ラバウルの東に位置するブカ島に5機の零戦が燃料切れで不時着したが、その中に坂井一飛曹はいなかった。
午後4時過ぎ、飛行場の彼方に1機の零戦が見えた。ふらふらした状態でゆっくりと零戦が降りて来た。風防がやられていた。操縦席が撃たれたということだ。零戦はバウンドしながら地面に着陸した。
笹井中尉と西澤一飛曹が坂井一飛曹を抱きかかえるように運ぼうとしたが、血まみれになった坂井一飛曹が報告の義務を怠らなかった。自分の足でしっかり歩いて行った。
艦上爆撃機を戦闘機と見誤り後方から攻撃を仕掛けてしまった。機銃が頭をかすめ風防の破片が両目に刺さり、左腕が麻痺した状態で、右手だけの操作でラバウルに帰還した。
この日の中攻の未帰還機は5機、零戦の未帰還機は6機だった。片道攻撃の艦爆隊は、不時着後4名が艦艇に救助されたが、14名は命を落とした。
3. 再びガダルカナルへ
翌日15機の零戦がガダルカナルへ向けて、ラバウルを飛び立った。ラバウルで使える全機だった。中攻隊は23機。
宮部から井崎は言われた。「戦いは空戦だけではない。帰還するまでが戦いだ」必濃いほどまでに言われた。
ガダルカナル島が見えた。無数の艦艇が島の周りを埋めていた。こんな小さな島を奪うためにこんなにたくさんの艦艇を繰り出すのかと慄然とした。
この敵に対して中攻23機で攻撃したところでどれだけの戦果があげられるものなのかと思った。
4. 護衛戦闘機
護衛機には2つある。制空隊と直掩隊(ちょくえん)だ。制空隊は、上空を制空(オフェンス)するが、直掩(ディフェンス)は中攻に張り付いていなければならない。
敵機が現れ制空隊が敵機迎撃機と闘っている。制空隊をすり抜けて、中攻に向かってきた。
新しいグラマンは、空母サラトガ、エンタープライズ、ホーネットの艦載機だった。アメリカ軍は、ガダルカナルのために全空母をつぎ込んでいた。
敵の戦法は一撃離脱。上から突っ込んできて打ちまくりそのまま下方に逃げていく単純な戦法だ。敵戦闘機は零戦を相手にせず、中攻だけをめがけてくる。直掩機は敵戦闘機を追い払う役目があった。 直掩隊の使命は、我が身を犠牲にしても中攻を守ることだった。
制空隊も帰りの燃料のことがあるので深追いできなかった。下方に逃げた敵は、上昇して同じように攻撃を仕掛けてきた。敵の反復攻撃で敵艦船を目の前にして中攻が火を噴いて落ちて行った。
中攻と呼ばれた一式陸攻は防御が弱かった。アメリカ軍からはワンショットライターとありがたくないあだ名がつけられた。一発で火が付いたのだ。速度が遅いにもかかわらず燃料タンクや操縦席の防御壁がなかった。
敵機銃攻撃をかいくぐり、中攻の果敢な攻撃により、敵輸送船の腹に魚雷が刺さるのが見えた。
敵艦艇2隻撃沈、輸送船9隻撃沈だった 。戦後のアメリカ軍の報告では駆逐艦1隻、輸送船1隻の撃沈だけだった。
5. 大変な戦い
この日、井崎が出撃したのは午前8時、帰還したのは午後3時だった。操縦席に7時間座り続けていた。ラバウルに到着したときは気が遠くなるほどの初めての体験だった。
未帰還機、中攻18機、零戦2機だった。中攻は23機中帰還したのは5機だけだった。ラバウルの攻撃機のほとんどと零戦の半分近くがこの2日で失われた。搭乗員の損失は150人だった。
一式陸攻の搭乗員は7名、一機撃ち落されると7名の命が亡くなった。操縦員偵察員、整備員、通信員は何年もかかって鍛えられた貴重な搭乗員たちだった。経った二日間で150人も失ったのだ。
井崎は宮部が言っていた「大変な戦いになる」という言葉を思い返した。
まとめ
ガダルカナルへの攻撃
坂井三郎一飛曹
護衛戦闘機の直掩の役目
紹介
坂井三郎氏
